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青森地方裁判所 昭和31年(行)11号 判決 1957年4月26日

原告 吉田産業株式会社

被告 青森県知事・青森県

主文

原告の被告青森県知事に対する請求を棄却する。

被告青森県は原告に対し金三万円を支払え。

原告の被告青森県に対するその余の請求を棄却する。

訴訟費用は三分してその二を原告、その余を被告青森県の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告青森県知事が昭和三十一年四月九日別紙目録記載の自動車に対してなした公売処分及び同年五月二十五日付を以て原告の異議申立を棄却した決定を夫々取消す。被告青森県は原告に対し金四十万円を支払え。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として、

第一、原告は肩書地において製材業を営むものであつて別紙目録記載の自動車(以下本件自動車という)を右営業の用に供して来たところ、被告知事は、原告において昭和二十九年度、及び同三十年度分の県税合計一万三千五百五十一円を滞納したとして、昭和三十一年四月九日青森県上北地方県税事務所長をして原告所有の本件自動車を公売処分に付し、同月十日公売価格金四万円を以て訴外石戸谷三蔵に落札せしめたので、原告は右公売処分を不服として同年五月四日被告知事に異議を申立てたところ、同月二十五日棄却の決定がなされ、同月三十一日該決定書が原告に交付せられた。

第二、然しながら、右公売処分及びこれを正当として原告の異議申立を棄却した右決定は次の理由によつて違法である。

(一)  被告知事の下級機関たる前記上北地方県税事務所長は、前記公売手続の一環としてなした公売公告において、本件自動車の年式を故意に貨物自動車一九四九年型と公告したが、事実はトヨタ一九五一年型貨物自動車である。そしてトヨタ製自動車は一九四九年型なるか一九五一年型なるかによつてその性能及び価格において格段の差異があり、従つてその公売に際してもこれを入札買得せんとする希望者の数及び入札価格に多大の影響を生ずべきこと明白であるところ、本件においては前述のとおり故意に年式をちがえて公告したため、公売に参加したのは前記石戸谷唯一人で、遂に同人が僅々金四万円の公売価格を以てこれを落札した次第である。

(二)  又右公売に際し被告知事は前記県税事務所長をしてその最低公売価格を定めさせたところ、右の如く年式を誤つたためにこれが最低公売価格は僅々金四万円と決定公告された。しかしながら、本件自動車は原告が昭和二十八年八月頃訴外青森トヨタ自動車販売株式会社より金八十五万円にて購入したものであつて公売当時の価格に見積り金四十万を下ることはなかつたものであるから、右最低公売価格は真実の価格を遙かに下廻る不当なものと言わなければならない。

第三、しかして、右公売処分によつて前述の如く昭和三十一年四月九日訴外石戸谷が本件自動車を金四万円にて落札買得し、翌十日これを持去つたまま現在所在不明で、原告はたとえ右違法の公売処分の取消を得てもその原物を回復しえざる状況にある。従つて、原告は被告知事の違法な公売処分により右自動車の価格に相当する金四十万円の損害を蒙つたのである。

よつてここに被告知事に対し、前記公売処分の取消を求めるとともに被告青森県に対しては国家賠償法第一条第一項に基ずき被告知事の右違法な公売処分によつて原告が蒙つた損害の賠償を求めるため本訴請求に及んだと述べ、被告等の主張事実を否認した。(立証省略)

被告両名訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、原告主張の請求原因第一及び第二(一)の事実中、本件自動車が一九五一年型貨物自動車であり、本件公売公告において被告知事が誤つてこれを一九四九年型として公告したこと及び右公売に参加したのは訴外石戸谷三蔵唯一人であり同人がこれを金四万円にて落札したことは認めるがその余は争う。

(一)  被告知事が本件自動車の年式を誤つて公告したのは青森県税事務所備付の自動車税の原簿に一九四九年型と記載されてあつたためで、固より故意になされたものではない。なお公売公告においては年式を誤つてはいるけれども、現物を一見すればその車台番号がIBM三九六一八と明示せられていて、五一年型であることは明瞭である。又本件公売における最低公売価格は本件自動車の現物を点検した上決定せられたものである。すなわち、被告知事において、貨物自動車を公売処分に附するに際し、最低公売価格を決定するため基準としているところは次のとおりである。

上位        中位       下位

四九年型 十五万円       十万円     三万円―二万円

五〇年型 二十万円      十三万円     五万円

五一年型 三十五万円―三十万円二十万円―十五万円五万円

しかして本件公売処分に先立ち係員において現物を点検評価したところ、現に使用していないものであるばかりか、相当の修繕費をかけなければ使用に堪えないものであつたので右基準に照らし結局最低公売価格を金四万円と決定した次第である。従つて若し一九五一年型と公告されれば多数の入札希望者が参加した筈であるとか、最低四十万円を下るものではないとかの主張はすべて事実に反する。

(二)  又本件公売に先立つ差押手続における差押調書中には

1  車台形式形状   トヨタ四九年

2  自動車検査証番号 一―七二三

3  車台番号     IBM三九六一八

4  原動機番号    IB一九四一五三

5  自動車登録番号  一―七二三

6  使用の本拠の位置 上北郡大三沢町大字三沢字猫又一二二の三四

として差押物件を表示し、昭和三十年十一月八日右差押調書謄本を原告に送付し且つ公売予定を告知して納税方を催告すると共に本件自動車につき差押の登録をなしたが、原告からは何らの納税もなく又右差押についても何ら不服の申立がなかつた。そこで被告知事は昭和三十年十二月二十九日、右差押に係る本件自動車につき最低公売価格金七万円として第一回公売期日を指定し、公売に付したところ入札者なく、更に昭和三十一年三月十四日付を以て同月二十七日最低公売価格金四万円として第二回公売期日を指定する旨通知したが、依然入札者がなかつたので、止むなく同年四月四日付を以て、最低公売価格を前同様として同月九日再公売する旨通知したが、遂に原告からは何らの納税もなく回答もなかつた。従つて本件自動車を四九年型として差押をなし、公売公告したとしても、右の如くその旨の度々の通知にも拘らず原告において何ら異議申立なく経過し、自他共に本件自動車を公売処分に付することに争がなかつたものである。要するに原告の態度は納税を軽視し多額の税額でもないのに、しかも税額そのものには何等異議がないのに拘らず理由なく滞納して度々の公売公告にも異議を述べず、依然滞納しながら、こと公売で落札せられるや偶々公売公告の内容表示に誤記があつたとしてこれに藉口して右公売処分の取消等を主張するものであつて、原告の請求は到底許さるべきでない。と述べた。(立証省略)

理由

被告知事の下級機関たる訴外青森県上北地方県税事務所長が、原告に対する昭和二十九年度及び同三十年度の県税等合計金一万三千五百五十一円の滞納処分として、昭和三十一年四月九日、原告所有の本件自動車に対し公売処分をなしたこと、これに対し、原告が同年五月四日被告知事に異議申立をなしたところ、同月二十五日右異議が却下せられ、同月三十一日該決定書が原告に交付せられたことは当事者間に争がない。

第一、そこで先ず原告の被告知事に対する請求につき按ずるに、証人橋本清、同新館英志、同川村一之助の各証言を綜合すると、本件自動車は前記公売処分によつて買受人たる訴外石戸谷三蔵に引渡され、更に同人より訴外中村某に、次いで訴外堰野端富次郎に順次転売して引渡されている事実が認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。しかして、特段の主張立証のない本件においては、本件自動車の右転輾譲渡により右中村某以下の訴外人等がその所有権を善意取得し、これによつて原告は所有権を喪失したものと推認するのが相当である。そうだとすると、仮りに原告が被告知事に対して前記公売処分の取消を得ても、本件自動車の所有権を回復する余地はないのであるから、被告知事に対し本件公売処分及び公売処分に対する異議申立を棄却した決定の取消を求める本訴請求はこの点において訴の利益を欠き棄却を免れない。

第二、次に、原告の被告青森県に対する請求につき判断する。

一、(公売処分の違法)

先ず本件公売処分に原告主張のような違法があつたか否かを検討する。

(一)  前記上北地方県税事務所長が、右公売処分における公売公告において、本件自動車が実際は一九五一年型であるにも拘らず誤つて一九四九年型と表示したことは当事者間に争がない。ところで地方税法第百六十七条第一項により準用せられる国税徴収法第二十四条第一項同法施行規則第十九条によれば、滞納処分としてなされる差押物件の公売公告には公売の日時場所等の他該物件の名称、数量、性質等重要な事項を明示して公告すべきことが謳われているのであるが、その趣旨とするところは、公売財産を特定すると共に、これと同種のものの取引において一般に重要な眼目とせられるような事項は、出来うる限り周知せしむべきものとし、以て公売処分が公正に運営さるべきことを企図した点に存すると考えられる。従つて、公売公告において右の「重要なる事項」を遺脱乃至誤記することは、単に前記法案に違反するだけでなく、公売処分自体に瑕疵を結びさせるものと解するのが相当である。然るところ、一般に自動車の取引においては、通常その「年式」が主要な眼目となるべきことは証人中川原実、同富岡一の各証言を俟つ迄もなく吾人の経験則上明白なところである、そうだとすると、本件自動車につき、その年式を誤つてなされた前記公売公告は、前記法条所定の「重要なる事項」を誤つて公告した瑕疵があるのみならず、延いては右公売処分自体を瑕疵あるものたらしめると断ぜざるを得ない。この点に関し、被告等は本件自動車の現物を一見すればその車台番号等により五一年型であること明白であるから、右年式を誤つたとしてもその一事を以て前記公売処分が違法であるということはできない旨主張するが、右主張は前述したところに照し到底採用することができない。

(二)  又、原告は前記公売処分における見積価格並びに公売価格が市価に比し不当に低廉であつた旨主張するのでこの点につき按ずるに、凡そ公売処分における見積価格並びに公売価格が市価より低廉であるとの一事を以て直ちに該公売処分が違法であるといえないこと勿論であるが、右の価格が一般取引の通念に照らし市価に比して著しく不当に低廉と認められる場合には該公売処分は違法となるものと解すべきところ、証人新館英志の証言及び同証言によつて真正に成立したものと認められる乙第五号証によれば、本件自動車に対する第一回公売期日の昭和三十年十二月二十九日における見積価格は金七万円で、同価格を以て公売に付したが買受希望者がなかつたので再び昭和三十一年三月二十七日見積価格を金四万円として公売に付したところ依然買受希望者なく、次いで同年四月九日右同様金四万円として公売に付し、遂に訴外石戸谷三蔵が右価格を以て本件自動車を買受けた事実が認められる。一方証人橋本清の証言によれば、右の見積価格は地方税の徴収係を担当していた同証人が現物を点検した上関係業者の意見を徴する等して決定したものであり、又証人川村一之助の証言によれば、本件公売後約一ケ月を経た昭和三十一年五月頃において本件自動車は、その車台、エンジン、タイヤ等がかなり不完全で相当程度修理しなければ使用に堪えぬ状況であり、現にその頃の前記石戸谷から本件自動車を譲受けていた訴外中村某は、これに数万円の費用をかけて修理を施した上、訴外堰野端富次郎に金約十二、三万円で売却した事実が夫々認められるのであつて、これらの事実を綜合すると結局本件自動車の公売当時における時価は金七万円であつたと認めるのが相当である。

証人中川原実、同富岡一の各証言及び原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は前顕各証拠に照し措信し難く、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

そうだとすると本件公売処分における見積価格並びに公売価格が不当に低廉であつた旨の原告主張のような違法はなかつたといわねばならない。

二、(被告青森県の賠償責任)

(一)  然しながら本件自動車に対する公売処分は前示一(一)に説明したとおり違法なものであり、又、右違法処分によつて原告が本件自動車の所有権を喪失したことは冒頭認定のとおりであるところ、被告知事のなした右公売処分が地方公共団体の権力作用に属する課税権の行使としてなされたものであることはいう迄もない。

(二)  しかして、原告は、本件公売処分を担当した被告県の係員において本件自動車の年式を故意に四九年型と公告したと主張するが、本件にあらわれた全立証によるも被告県の係員が故意に年式をちがえて表示したことを認めることができない。しかしながら右係員においてはたとえ被告主張の如く自動車税原簿に四九年型と記載されていたとしても、事前に本件自動車の現物を点検した際これが五一年型であることを充分に認識すべきであつたといわねばならないから原告主張の公売公告における誤謬は少くとも被告県の担当係員の過失に基ずくものと認めるのが相当であり、右過失によつて本件公売処分自体が違法なものとなつたことはさきに認定したとおりである。

そうだとすれば、被告青森県は国家賠償法第一条第一項の規定に基ずき、本件公売処分によつて原告が蒙つた損害を賠償すべき義務を免れることができないと言わねばならない。

(三)  よつて、その損害額を検討するに本件自動車の本件公売処分当時の時価は金七万円であり、これを金四万円で売渡したことは前に認定したとおりであるから、結局右の損害額は両者の差額金三万円であると解すべきである。

以上のとおりであつて原告の本訴請求中、被告青森県に対する部分は金三万円の支払を求める限度において正当として認容すべきもその余の部分は失当であるから之を棄却すべきである。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十二条第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 佐々木次雄 宮本聖司 右川亮平)

(別紙省略)

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